大判例

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東京地方裁判所 平成10年(合わ)363号 判決

主文

被告人を懲役一八年及び罰金六〇〇万円に処する。

未決勾留日数中四〇〇日を懲役刑に算入する。

罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

警視庁本部で保管中の覚せい剤六八袋(平成一一年東地庁外領第四三一号、符一ないし七、九ないし一三、五四ないし六一、六三ないし一〇四号)、石川島播磨重工業株式会社船舶海洋事業本部東京第一工場構内で保管中の漁船「○○」一隻(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号符一号)を没収する。

被告人から金一四億六四七万五五四七円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、戊山四郎、甲川五郎、甲山一郎、乙川太郎、丙谷二郎らと共謀の上、

第一  営利の目的で、みだりに、外国船籍の船舶と洋上取引して入手した覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、右甲川、甲山、乙川及び丙谷が、平成一〇年八月一二日午後四時三〇分ころ、北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上において、外国船籍の船舶△△の乗組員から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩の結晶合計290.48453キログラム(平成一一年東地庁外領第四三一号符一ないし七、九ないし一三、五四ないし六一、六三ないし一〇四号はその一部の鑑定残量)を受領して漁船○○(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号符一号)に積載し、同船を本邦に向けて航行させた上、同月一三日午後一一時頃、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に到着させて同覚せい剤を本邦領海内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入する予備をした。

第二  前記第一の犯行により入手し、本邦領海内に搬入した関税定率法上の輸入禁制品である覚せい剤290.48453キログラム(平成一一年東地庁外領第四三一号符一ないし七、九ないし一三、五四ないし六一、六三ないし一〇四号はその一部の鑑定残量)を保税地域を経由しないで本邦に引き取ろうと企て、これを漁船○○(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号符一号)に積載して、鹿児島県佐多岬沖、宮崎県沖を経由して航行しながら、平成一〇年八月一四日、右甲山が、所携の携帯電話機を用い、予め覚せい剤陸揚げ後の陸上輸送担当者との間で連絡を取り合い、搬送用自動車の手配を依頼するなどし、右覚せい剤の陸揚げ地を不開港である高知県土佐清水市所在の土佐清水港に決定した上で、同日午後九時三〇分ころ、右覚せい剤を同港に運び入れ、そのころ、同船を同県土佐清水市市場町〈番地略〉所在の同港清水漁業協同組合購買センター東側岸壁に接岸し、港甲川、甲山及び丙谷が上陸するなどし、もって、輸入禁制品である右覚せい剤を陸揚げして輸入しようとしたが、同岸壁付近で私服の警察官らが警戒に当たっていたため、その目的を遂げなかった。

第三  営利の目的で、みだりに、平成一〇年八月一五日ころ、高知県高岡郡窪川町興津埼沖付近海上を航行中の漁船○○(平成一〇年東地庁外領第六五〇五号符一号)において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩の結晶290.48453キログラム(平成一一年東地庁外領第四三一号符一ないし七、九ないし一三、五四ないし六一、六三ないし一〇四号は、その一部の鑑定残量)を同船に積載してこれを所持した。

(証拠)〈省略〉

(累犯前科)

一  事実

平成四年三月三一日高松地方裁判所宣告

銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の罪により懲役六年

平成九年七月二九日刑の執行終了

二  証拠

前科調書(乙九)、判決書謄本(乙一四)

(法令の適用)

罰条

第一の行為 包括して、刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の六、四一条二項、一項

第二の行為 刑法六〇条、関税法一〇九条二項後段、一項、関税定率法二一条一項一号

第三の行為 刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項

刑種の選択

第二の罪 懲役刑及び罰金刑を併科

第三の罪 情状により懲役刑及び罰金刑を選択

再犯加重 いずれも刑法五六条一項、五七条(第一の罪の刑並びに第二、第三の各罪の懲役刑にそれぞれ再犯の加重。第三の罪の刑については同法一四条の制限に従う。)

併合罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑について、同法四七条本文、一〇条、一四条(最も重い第三の罪の刑に法定の加重)、罰金刑について、同法四八条二項(第二、第三の各罪所定の罰金の多額を合計)

未決勾留日数算入 刑法二一条(四〇〇日を懲役刑に算入)

労役場留置 刑法一八条(金二万円を一日に換算した期間労役場に留置)

没収

覚せい剤 覚せい剤取締法四一条の八第一項本文、関税法一一八条一項本文(第一、第三の罪に係る覚せい剤で犯人が所持するものであるとともに第二の罪に係る貨物)

漁船○○ 関税法一一八条一項本文(第二の罪に係る禁制品の輸入の用に供した船舶)

追徴 関税法一一八条二項、一項本文(第二の罪に係る覚せい剤290.48453キログラムのうち123.375048キログラムは関税法一一八条一項本文に掲げる犯罪貨物等に該当するから没収するべきものであるが、没収することができないので、その価額金一四億六四七万五五四七円(大日本製薬株式会社が第二の犯行当時覚せい剤を覚せい剤施用機関等に販売していた価格一グラム当たり一万一四〇〇円をもって、関税法一一八条二項に規定する「犯罪が行われた時の価格に相当する金額」と認める。)を追徴)

(覚せい剤の重量と追徴)

検察官は、判示第二の禁制品輸入罪に係る覚せい剤を含め、本件の覚せい剤の重量は合計約三〇〇キログラムであったと主張し、これを前提にして発見押収された167.109482キログラムを控除した未押収の132.890518キログラムについての価額一五億一四九五万一九〇五円の追徴を求めている。確かに、共犯者らの供述調書等の関係証拠によって認められる①共犯者らが現実に手に持った感覚、②覚せい剤取引は三〇〇キログラムの予定であったこと、③現実に押収された覚せい剤の形態と重量などから、約二〇キログラムの覚せい剤の包み一五袋が漁船○○に積まれていたことは認定することができる。しかし、検察官自身公訴事実において「約二〇キログラム一五袋(合計約三〇〇キログラム)」として正確に三〇〇キログラムであるとの主張まではしていない上、現実に覚せい剤の包みを持った共犯者らも、その重量を正確に計量したものではなく、あくまで手に持ったときの感覚であり、また、現実に押収された覚せい剤の各包みの覚せい剤の重量は、一九キログラム台のものが三包で、他の包みはそれよりも少ない重量しかなく(これは、後述のとおり、各包みが海中に投棄され海水が入って覚せい剤が溶けたと推認されるが、溶けた覚せい剤の量を確定することはできない。)、一包みの重量が正確に二〇キログラムであったと認める証拠は他にもないから、一包みの重量約二〇キログラムということには、弁護人も主張するとおり、相応の誤差がある可能性を否定できず、全体で正確に三〇〇キログラムであったと認めることはできない。また、本件の証拠上、右の誤差の程度を計数上明らかにすることも困難であるから、本件での覚せい剤の重量の確定に当たっては、この重量が追徴の金額にも影響することを考えると、証拠上不確実な点を排除し、少なくとも確実に存在したと認められる重量をもって、本件覚せい剤の重量とせざるを得ない。

こうした観点からみると、発見押収された覚せい剤の包みが、いずれも海中に投棄されその後回収されたもので、袋中に海水が混入したり、内部の結晶が湿ったりした状態であったこと、その重量は、一九キログラム台のものが三包み、一八キログラム台のものが二包み、一六キログラム台のものが一包み、一五キログラム台のものが一包みなどとばらつきがあることなどからすると、各包み中の覚せい剤が一部海水に溶解して流出していると考えられるところ、平成一一年東地庁外領第四三一号符三、五九、六〇号の三包み(甲二六八添付の覚せい剤鑑定結果及び累計一覧表の番号③、⑬―⑥、⑬―⑦)はそれぞれ一九キログラムを超えていて、その状態からして、比較的流出量が少なく、原重量に近い重量が保たれているものと認められ、約二〇キログラムの包み一五包み中残りの一二包みについても、当初は少なくとも認められる三包みと同程度の重量の覚せい剤が梱包されていたものと推認することができる。そこで、本件覚せい剤の重量としては、右の一九キログラムを超えている三包みについては、少なくともその重量が存在したことは明らかであり(もっとも、それ以上に海水に溶けた覚せい剤があったか、あったとしてその重量はいくらかは不明といわざるを得ないので、それ以上の覚せい剤の存在を計数上明らかにして認定することは困難である。)、残りの一二包みについては、少なくとも右三包みのうち最軽量の平成一一年東地庁外領第四三一号符五九号の19.334キログラムの包みと同量の覚せい剤が存在していたものと推認しても不合理ではないと考えられる。これによれば、本件覚せい剤の重量は、少なくとも19.334キログラムの包み一三袋分に19.36053キログラム(同号符三号)と19.782キログラム(同号符六〇号)を加算した合計290.48453キログラムは存在したと認めることができるとともに、それ以上の重量については、確定的に存在したと認定するのが困難であり、結局、本件覚せい剤の重量は、合計290.48453キログラムと認定するのが相当である。追徴については、合計290.48453キログラムを第二の罪にかかる覚せい剤の重量とし、そこから発見押収されて没収又は鑑定時に費消された167.109482キログラムを控除した123.375048キログラムを没収不能の覚せい剤と認定し、これを基に追徴額を算定することとした。

(19,334g×13+19,360.53g+19,782g)−167,109.482g=123,375.048g

123,375.048g×11400円≒1,406,475,547円(一円未満切り捨て)

(検察官及び弁護人の主張に対する判断)

第一  判示第一の事実について覚せい剤輸入予備罪を認定した理由

判示第一の覚せい剤輸入の公訴事実の要旨は、「被告人は、戊山四郎、甲川五郎、甲山一郎、乙川太郎及び丙谷二郎らと共謀の上、営利の目的で、みだりに、外国籍の船舶と洋上取引をする方法により覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、右甲川、甲山、乙川及び丙谷が、平成一〇年八月一〇日、漁船○○に乗船して、鹿児島県枕崎市所在の枕崎漁港を出港し、同月一二日、東シナ海公海上において、朝鮮民主主義人民共和国籍の船舶△△と接舷し、同船乗組員から覚せい剤の結晶約二〇キログラム一五袋(合計約三〇〇キログラム)を受領して右漁船○○に積載した上、同船を本邦に向けて航行させ、同月一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に到達させて同覚せい剤を本邦内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入した」というものである。この公訴事実について、検察官は、漁船○○(以下「○○」という。)が公海上で外国船籍の船舶から覚せい剤の引渡しを受け(以下「瀬取り」という。)、本邦へ向けて出航した時点で覚せい剤輸入罪の実行の着手が認められ、本邦の領海内に到着し、覚せい剤が領海内に持ち込まれた時点で既遂に達するから、本件においては覚せい剤輸入罪が成立すると主張する。一方、弁護人は、船舶による覚せい剤輸入罪は船舶から本邦領土内への陸揚げによって既遂に達するから、覚せい剤を陸揚げしていない本件においては、覚せい剤輸入罪は既遂に達していないことはもとより、覚せい剤が領海内に持ち込まれただけではその実行に着手したともいえず、公訴事実の記載が単に覚せい剤を本邦の領海内に到達させて本邦内に搬入したというにとどまる本件においては、公訴事実が何らの罪となるべき事実を包含していないから公訴は棄却されるべきであると主張する。

一 覚せい剤輸入既遂罪の成否について

1  覚せい剤の「輸入」の意義とその既遂時期

(一)  昭和五八年の最高裁判決の内容

「輸入」の意味について、関税法には、「外国から本邦に到着した貨物又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ること」であるとの定義規定(同法二条一号)があるが、覚せい剤取締法には「輸入」の定義規定が置かれていないため、輸入の意味やその既遂時期と実行の着手時期については解釈によってこれを明らかにする必要がある。最高裁判所昭和五八年九月二九日第一小法廷判決(刑集三七巻七号一一一〇頁。以下「最高裁判決」という。)は、覚せい剤取締法上の輸入罪と関税法上の無許可輸入罪との罪数関係が問題となった事案において、「無許可輸入罪の既遂時期は、覚せい剤を携帯して通関線を突破した時であると解されるが、覚せい剤輸入罪は、これと異なり、覚せい剤を船舶から保税地域に陸揚げし、あるいは税関空港に着陸した航空機から覚せい剤を取りおろすことによって既遂に達するものと解するのが相当である」と判示し、覚せい剤輸入罪の既遂時期を右のように解する理由を「覚せい剤取締法は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため必要な取締を行うことを目的とするものであるところ(同法一条参照)、右危害発生の危険性は、右陸揚げあるいは取りおろしによりすでに生じて」いると説明している。

(二)  最高裁判決の意味と実務の取り扱い

この最高裁判決は、その表現からも明らかなように、覚せい剤の「輸入」の意味について、いわゆる陸揚げ説を採ったものと理解されており、「輸入」罪の実行行為を、外国からきた覚せい剤をわが国の領土内に搬入する行為と解した上、その搬入行為について、船舶による場合にはわが国領土への陸揚げ行為、航空機による場合にはわが国領土への航空機からの取りおろし行為であるとしていると考えられる(なお、あへん煙輸入に関する大判昭和八年七月六日大刑集一二巻一三号一一二五頁等参照)。

最高裁判決がこうした結論を採る理由について、判文上右以上の点は明らかにされていないが、いわゆる領海説(わが国の領海又は領空に搬入した段階で既遂とする。)との関係で、これを採らない理由としては、一般に、①覚せい剤を船舶から陸揚げし、又は航空機から取りおろすことによって領土内に搬入した時点において、覚せい剤の濫用や流通・拡散等による害悪発生の危険性が具体的に顕在化・明確化し、覚せい剤輸入罪の保護法益に対する侵害の危険が現実に発生する、②こうした危険は、領土内に搬入される場合と領海や領空を通過する場合では質的な差がある、③覚せい剤取締法は、輸入未遂罪を処罰するとしながら、平成三年の法改正までは同未遂罪の国外犯処罰規定がなく、未遂罪は国内犯として成立することを前提としていた(いわゆる領海説によると、未遂犯は原則として国外で犯されることになり、矛盾が生じる。)、④合法的に覚せい剤を輸入するときの輸入の許可は、港に到着して陸揚げする前にこれを得れば足りると考えられる等が挙げられている(金築誠志・最高裁判所判例解説刑事篇昭和五八年度三一二頁、香城敏磨・覚せい剤取締法[注解特別刑法5医事・薬事編(2)]一一五頁等。

そして、覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する実務の取り扱いは、この最高裁判決以前も含め、いわゆる陸揚げ説によって運用されてきているが、この判決によって、よりそれが固まったということができよう。

当裁判所も、右のような最高裁判決と実務の取り扱いは、基本的に正当と考えるものであるが、検察官から、これと異なる見解が強く主張されているので、以下検討を加えることにする。

2  検察官の主張とその検討

(一)  検察官の主張

検察官は、最高裁判決自体はこれを正当として受け入れた上(判例変更を前提とする主張ではない。)、その射程距離や近時の覚せい剤犯罪の状況、覚せい剤輸入の態様等の事情を踏まえ、本件のような公海上瀬取り方式の事案については、領海に搬入した時点で輸入既遂とすべきであるという主張を展開しており、その主張の概要は、次のとおりである。すなわち、①本件と外国貨物に対する税関の実力的管理が及んでいる地域に外国から覚せい剤を持ち込んだ最高裁判決の事件とでは事案が異なり、本件のように日本人の犯人が、自ら日本船籍の小型船舶(以下「瀬取り船」という。)を用意して、公海上で外国船籍の船舶から覚せい剤を受け取り、本邦へ持ち込むという、いわゆる公海上瀬取り方式での輸入の事案は、最高裁判決の射程距離の範囲外である、②最高裁判決は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が客観的に認められる時点をもって輸入罪が既遂に達すると解していると考えられるが、船舶による輸入の中でも、その形態によって、既遂の時期が異なるはずで、犯人が公海上で相手船から覚せい剤を受け取り、運行支配を有している日本船籍の瀬取り船に積載して本邦に向けて航行し、本邦の領海内にこれを持ち込むというように、いつでも、どこの洋上でも取引ができるような場合は、領海内に搬入した時点で保健衛生上の危害発生の危険性が顕在化ないし現実化したと認められるから、覚せい剤を領海内に持ち込んだ時点で、輸入罪は既遂に達すると解され、そう解することは、最高裁判決の趣旨と矛盾しない、③麻薬取締法の輸入について判示した最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決(刑集二〇巻六号六五六頁)を覚せい剤取締法に敷衍すると、同法にいう「輸入」とは「同法による取締りを行うことができない本邦外の領域から、その取締りを行うことができる本邦の領域内に覚せい剤を搬入し、濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態を作出すこと」と定義することができるから、②のように解することは右昭和四一年最高裁判決の趣旨とも合致する、等というものである。

(二)  最高裁判決に関する検察官の主張について

確かに、最高裁判決の事案は航空機に搭乗しての輸入であるため、本件と最高裁判決の事案とでは、輸入の形態、輸送手段の種類、輸送手段への支配力等の点において、事実関係が異なる面がある。

しかし、最高裁判決が当該輸送手段が予定している到着地点(税関の実力的管理支配が及んでいるかどうか)について着目して、既遂時期を右のとおり判示したと解することは相当ではない。最高裁判決の事案は、外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に、外国から航空機により覚せい剤を持ち込み、これを携帯していわゆる通関線を突破しようとしたもので、関税法上の輸入との関係で通関前に既遂なるかどうかも一個の問題であることから、たとえ覚せい剤が税関の実力的管理支配が及んでいる地域内にとどまっている場合であっても、覚せい剤取締法上は陸揚げ又は取りおろしによって保健衛生上の危害発生の危険性は生じているから、その時点で既遂に達すると判示し、税関の実力的管理支配が及んでいるかどうかに関わらず、わが国領土への陸揚げ又は取りおろしによって右危険性が生じ、既遂となるとしているのである(なお、逆に、それ以前にはまだ右の危険性が生じているとは見てないことになろう。)。

次に、検察官が、最高裁判決は、通関線の突破前であっても、覚せい剤に対する犯人の支配が保税地域に陸揚げ又は取りおろしされた時点で生じていることから、右時点で輸入罪の既遂の成立を肯定したものであるのに対し、本件は瀬取り方式による輸入で、覚せい剤を本邦の領海内に持ち込んだ時点で犯人の覚せい剤に対する支配が及んでいる事案であるから、本件に最高裁判決の射程距離は及んでいないと述べる(論告二〇頁〜二一頁)点は、覚せい剤に対する犯人の支配という点に着目して最高裁判決の事案と本件との違いを主張しているのであれば、最高裁判決の解釈について誤解があるというべきであろう。最高裁判決の事案は、犯人が覚せい剤をキャリーバックの底に隠匿携帯して旅客機に搭乗し、それをまた自らが携帯して降機したというもので、犯人は、搭乗から降機に至るまでの間、覚せい剤に対する物理的支配を有しており、取りおろし時に覚せい剤に対する支配力を得たのではないからである。最高裁判決が犯人の薬物に対する支配力が生じた時期に着目して、取りおろしや陸揚げの時期を既遂時期と判示したものとはいい難い。

また、最高裁判決は、検察官が判例違反として上告趣意に掲げた、覚せい剤輸入罪と関税法一一一条一項の無許可輸入罪又は同条二項の無許可輸入未遂罪との関係を併合罪とした高等裁判所の各判例を変更したものであるところ、変更された高等裁判所判例の中には、韓国船員が韓国船籍の船舶から覚せい剤を陸揚げして本邦内に持ち込んだ輸入の事案(福岡高判昭和五五年七月一日刑裁月報一二巻七号五一一頁)も含まれているのである。

こうしたことや最高裁判決の表現自体からすると、最高裁判決が航空機による輸入、あるいは航空機や船舶の乗客・船客のように輸送手段に対して支配力を有していない者の輸入に限定して既遂時期を論じているとか、船舶による輸入、輸送手段に支配力を有している者の輸入を排除して既遂時期を判示しているということはできない。最高裁判決は、結局、覚せい剤のわが国領土への着地という点に着目して、既遂時期を判示したものと解され、覚せい剤が陸揚げ又は取りおろしにより領土に着地したことによって、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が飛躍的に高まると評価したものと解される。検察官主張のように、最高裁判決の趣旨が本件のような公海上瀬取り事案の形態での輸入については及ばないとはいえない。

(三)  本件の既遂時期を領海搬入時とすることの当否

検察官は、前述のとおり、輸入の形態によっては既遂時期を最高裁判決とは異なって解すべきであり、本件のような船舶による瀬取り方式の場合、本邦領海内に搬入した時点で、保健衛生上の危害発生の危険性が顕在化ないし現実化したと認められ、この時点で輸入罪の既遂に達すると解すべきであると主張する。

検察官は、右時点で危険性が顕在化する根拠として、右のような輸入形態においては、近時の小型船舶の普及と著しい高速化、人工衛星を利用した自動航行装置(以下「GPS」という。)の普及、携帯無線機や携帯電話等情報通信システムの高性能化と著しい普及等によって、犯人が視認による目標物を得られない公海上でも覚せい剤を受け取ることが可能となり、その後覚せい剤を本邦に陸揚げすべく船舶を本邦に向けて航行させた上、領海内に持ち込めば、陸上の共犯者と頻繁に連絡を取るなどして取締機関の警戒網をかいくぐりあるいは追跡を振り切って、安全な港等に覚せい剤を陸揚げすることが容易になっていること、また、陸揚げ前に領海内の沿岸海域で他の日本船籍の船舶の乗組員に売りさばくなどの取引をすることも可能となっていること等を挙げている。

しかし、陸揚げ前に沿岸海域で日本船籍の船舶に売りさばくことが可能であるという点は、大型外国船や大型航空機による携帯輸入の場合に、船内や機内で覚せい剤を流通拡散させることが可能であるように、陸揚げ又は取りおろし前に覚せい剤の流通拡散による保健衛生上の危害発生の危険性が発生し得るという意味では、瀬取り方式による輸入に特有な事情ではない。また、通信技術等の急速な発展や各種船舶の高速化等によって陸揚げが容易になっているという点も、本邦内に覚せい剤が到着し、陸揚げ又は取りおろしされる蓋然性自体は、大型外国船舶や航空機による場合の方が格段に高い。しかも、瀬取り方式の輸入の場合は、犯人が船舶の運行を支配している上、覚せい剤に対する物理的支配も有しているのであるから、陸揚げ前に検挙の危険を感じて、陸揚げの意思を放棄したり、陸揚げを差し控えたりすることなども可能なのであり、この意味では本邦の港や空港に到着すれば必然的に陸揚げ又は取りおろしが予定されている船舶貨物としての輸入や航空便を使った輸入、航空機の機内預けによる輸入よりは、本邦領土内への陸揚げ又は取りおろしという面では、その危険発生の蓋然性が低いともいい得る。最高裁判決を前提として、何故に最高裁判決の事案の場合には陸揚げ時に保健衛生上の危害発生の危険性が生じるとしながら、瀬取り方式の事案では領海突破時に既遂として処罰するに値するだけの右危険性が認められるのか、これを対比して説明することは困難である。

むしろ、瀬取り方式の輸入事案に顕著な特徴は、検察官が指摘するように、GPS、携帯電話、小型船舶の普及、高性能化等によって、密輸の方法が巧妙化したことから、取締機関による追跡や最終的な入港陸揚げ場所の把握が困難となり、取締網をかいくぐって覚せい剤を安全な場所に陸揚げしたり、陸揚げ前に他の日本船籍の船舶と取引したりすることが容易になっている点にみられ、検察官としては、陸揚げ後の検挙が難しいという実情も踏まえ、この種の輸入事案においても、陸揚げを待たなければ輸入罪が既遂とならない(成立しない)のであれば、このような行為をした者を輸入既遂罪の嫌疑で検挙し処罰することが困難であるという取締と処罰の不都合を回避するため、陸揚げ前であっても、覚せい剤を外国から搬入して領海を突破した者を輸入既遂罪で取り締まるべきであるとの取締上の困難性・処罰の必要性を実質的根拠に公海上瀬取り方式事案への領海説の採用を主張していると考えられる。

確かに、検察官が述べる昨今の輸入事案の巧妙化の実体からすれば、そのような行為を行った者に対しては相応の厳しい処罰がなされるべきである。しかし、取締の困難性・処罰の必要性を理由に、最高裁判決の趣旨を覆し、これまでの実務の取り扱いを変更し、本件のような瀬取り方式の輸入既遂時期を領海突破時に求めることは、法的安定性を害し、予測可能性を奪うことになる。そもそも、取締の困難性といっても、陸揚げ前でも覚せい剤所持罪や譲渡罪が成立しているのであり、陸揚げを待たずに検挙することは可能であるから、その意味では取締が困難とはいえないし、犯人が処罰を免れることになるわけでもない。確かに、所持罪や譲渡罪と輸入罪とは法定刑に差があるものの、陸揚げ行為と領海外から領海内に覚せい剤を搬入したにとどまる行為や陸揚げ前に海上で覚せい剤を第三者に譲渡した行為との間には、保健衛生上の危害発生に関してわが国に生じさせる危険性の程度に差があることは明らかで、陸揚げにまで至らなかった犯人に対してあえて輸入罪と同等の処罰を科さなければならない必然性までは認められない。むしろ、営利目的輸入罪は営利目的所持罪等とは異なり無期懲役が法定刑に含まれる重罪であることからすると、その法定刑の重さに匹敵するだけの高度な危害発生の危険性が必要とされていると解し、領海突破行為だけでは未だ輸入既遂罪の予定する危険性に達していないと考えても、特に不合理というわけではない。そうだとすると、検察官の主張は、未だ輸入既遂罪の予定する危険性が生じていないにもかかわらず、輸入既遂罪の成立を認めることになり、本来、陸揚げ時に生ずる覚せい剤輸入罪による危険性を、取締と処罰の目的から、それ以前の段階に擬制しようとすることになって、不当ということになろう。覚せい剤の輸入関係の取締や処罰に関し、近時の情勢から、取締や処罰の必要上、どうしても、領海内に覚せい剤を持ち込んだ行為を捉えて、輸入既遂罪とし、あるいはこれと同等の法定刑で処罰する必要があるのであれば、後述の輸入の形態によって既遂時期(さらに実行行為)が異なるといった不明確な解釈によってこれを実現するのではなく、その旨の輸入の定義規定を設けるか、新たな構成要件を創設するなどの立法的解決を図るのが本来の筋であろう(もとより、立法政策としては、そうした選択も考えられようし、覚せい剤取締法の改正は、これまでに何回も重ねられてきているところである。)。

また、検察官の主張によれば、本件のような公海上瀬取り方式の場合に、瀬取り船の乗組員が陸揚げ前に領海内で覚せい剤を譲り渡したとき、既に領海内に覚せい剤を搬入した時点で輸入既遂となっている以上、譲受人がその覚せい剤が外国からきたものであるとの認識をもって実際に陸揚げしたとしても、所持罪や譲受罪が成立することはともかく、陸揚げ行為自体は犯罪とならないし、譲渡人との領海内への搬入に関する共犯関係が認められない限り、譲受人には覚せい剤輸入罪が成立しないことになる。しかし、領海内搬入よりも危害発生の危険性の高い領土内への陸揚げ行為をした者が輸入罪で処罰されず、譲受罪又は所持罪にとどまるというのは明らかに不均衡であろう。

さらに、検察官は、平成八年に「領海法」が「領海及び接続水域に関する法律」に改正され、領海外の接続水域内でも、薬物等の密輸入取締のための公権力の行使が可能となったことも根拠に挙げている。しかし、右改正も薬物犯罪の取締の容易化を図る政策の一環であり、本来の覚せい剤濫用による危害発生の危険発生時の問題とは異なり、輸入罪の既遂時期に特に影響を与えるものではない(その上、接続水域では「自国の領土又は領海内における…衛生上の法令の違反を防止すること」等に必要な規制を行うことができるのであって(海洋法に関する国際連合条約三三条一項)、右措置が、薬物が領海内に搬入された時点において、輸入罪の予定する薬物の濫用等により保健衛生上の危害発生の危険性が生じることを当然の前提としているとはいえない。)。

覚せい剤製造罪との均衡の主張については、全ての形態の輸入について一律に領海説をとるべきであるとの見解の根拠としてならともかく、本件の個別の事案について領海内に入った時点で既遂を認めることが合理的であるとの根拠として採り上げるのは一貫性を欠く。覚せい剤製造設備を積み込んだ大型船舶で領海内ぎりぎりの洋上で覚せい剤を製造した場合に、製造罪で処罰されることとの均衡を考えるのなら、最高裁判決の事案でもいわゆる領海説をとるべきであるとの主張になっているはずであって、本件事案についてのみ製造罪との均衡を持ち出すことは説得的理由となり得ない。また、仮に、一律にいわゆる領海説をとるべきとの根拠として挙げるとしても、覚せい剤の製造は領土内で行われるのが通常で、領海上を遊弋する船舶内での製造という迂遠かつ危険な手法を用いる者がいるとは通常考えにくく、そうしたほぼ机上の設例ともいうべき事例を前提に議論することも実益に乏しいと考えられる。わが国への輸入の場合、領土内に搬入するためには領海又は領空の通過が必然的に伴うものであるから、極めて例外的な領海上製造との均衡のゆえに、常に領海搬入時に輸入既遂を認めることはかえって不均衡と考えられる。とすると、この製造罪との均衡との理由付けも採用できない。

以上の検討からすると、覚せい剤の本邦領土内への搬入によって、前述の危害発生の危険性が顕在化・明確化するという点は、本件のように公海上での瀬取り方式の輸入においても最高裁判決の事案と同様に当てはまるものであり、その意味で本件事案で既遂時期を最高裁判決と異なって解すべき理由は認められないし、取締の困難性・処罰の必要性という根拠等も領海搬入時に既遂を認める合理的な理由とはなり難い。

(四) 輸入の形態ごとに既遂時期が異なることの当否

検察官は「覚せい剤取締法にいう輸入とは、同法による取締りを行うことができない本邦外の領域から、その取締りを行うことができる本邦の領域内に覚せい剤を搬入し、濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態を作出すること」と広範な定義付けを行う。この覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態が作出された時点で既遂を認めるという観点は、最高裁判決の趣旨に合致するところがあるものの(もっとも、前段の前掲昭和四一年最高裁判決から抜き出した「取締りを行うことができない本邦外の領域から、その取締りを行うことができる本邦の領域内に覚せい剤を搬入し」との部分は、アメリカ合衆国が施政権を有していた当時の沖縄から鹿児島へ麻薬を搬入する行為が麻薬取締法上の輸入に該当するか否かが争点となった事案であって、輸入の定義そのものが争われたものではなく、取締ができる領海内に搬入した場合を想定して判示したともいえないし、その後覚せい剤取締法に国外犯規定が設けられたことや接続水域での取締が可能となったことに照らせば、取締ができない領域から取締ができる領域への搬入という要素を輸入の定義に結びつけることは疑問である。)、このような抽象的な定義では、具体的に危険発生時がいつなのか、いかなる行為が右危険状態を作出する行為に当たるのかが不明確で、輸入罪の実行行為を明示し、その既遂時期を決する具体的基準としての機能を果たすことができない。結局、この定義からは、輸入罪の実行行為や既遂時期を一義的に導くことはできず、具体的な事案ごとの評価(それも犯行後の事後的な評価)によることになり、「輸入」という本来犯罪構成要件上の行為を規定する文言の解釈について、その具体的な行為内容を確定することができないということになっている(逆にいえば、濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態を作出する行為であれば、いかなる行為も「輸入」行為の内容になるということになる。)。

また、検察官は、船舶を用いた輸入のうち、公海上で、入港手続が不要な瀬取り船に覚せい剤を積み替え、その瀬取り船を犯人が運行支配する本件のような場合は領海内に入った時点で既遂に達するが、税関の実力的支配が及んでいる地域に、外国から、船舶又は航空機で覚せい剤を持ち込んだ最高裁判決のような事案では陸揚げ又は取りおろし時に既遂に達するとしているように、輸入の形態ごとに、右危険の発生時期、即ちその既遂時期が異なると主張している(ひいては、輸入の形態ごとに実行行為の内容も異なるという見解にならざるを得ないのであろう。)。しかしながら、輸入の形態によって実行行為の内容や既遂時期が異なると解することは、そもそも妥当とはいい難い。なぜなら、いかなる行為が覚せい剤輸入罪の構成要件に該当するかは明確でなければならず、輸入の形態ごとに既遂時期を類型化するとしても、既遂時期を決定する基準は明確なものでなければならないが、検察官は、本件のいくつかの要素を取り出した上、本件のような事案においては、領海内に覚せい剤を搬入した時点で濫用による保健衛生上の危害をもたらす危険のある状態を作出したとして既遂になるとし、検察官が取り出した要素があれば既遂になるという意味で、領海内搬入時で既遂となるための十分条件を述べているにとどまり、それが必要条件であるか否かは明らかにしていないし、各要件も明確とはいい難い。取り出した要素についても、事後的に全体として評価しているのであって、どういう要素がある場合あるいはどういう行為をした場合に輸入罪になるか、輸入既遂罪になるかという事前予測が困難である。

さらに、多岐にわたる輸入の形態を類型化すること自体が容易でないというべきであるが、検察官は、本件及び最高裁判決の事案以外の形態の輸入について、既遂時期に関する見解を明らかにしておらず、領海突破時と陸揚げ時以外を既遂時期とする輸入の形態があるのか、あるとすれば、それはいかなる場合であるのか、またそれらの違いが整合性を有するものなのかは判然としない。そればかりか、検察官自身、論告後釈明で本件とは異なる形態の輸入の既遂時期は証拠関係によるので一般的には答えられないとその類型化が困難なことを明らかにしており(実行行為についても同じであろう。)、結局は、事案ごとに輸入の実行行為と既遂時期を決していくことにならざるを得ない。

これでは、どのような行為が覚せい剤輸入罪に該当するのか、いつの時点で既遂として処罰されるのかが不明であり、予測可能性を害するといわざるを得ない。

一方、このように、輸入の形態ごとに既遂時期が異なるという見解は、取締や処罰の刑事実務上の観点からも不都合が生じる可能性がある。例えば本件の場合、検察官の主張によれば、領海を突破した時点で既に覚せい剤輸入罪は既遂に達しているのであるから、前述のとおり、陸揚げ行為のみに関与した者に対しては、共犯関係が認められない限り、覚せい剤輸入罪に問えないことになる。また、検察官は、その主張からすると、例えば、領海内で外国船籍の船舶から瀬取り船に覚せい剤の受け渡しが行われたいわゆる領海内瀬取り方式の事案については、おそらく、外国船籍の船舶の乗組員らについて、領海内に入った時点で覚せい剤輸入罪が成立するのではなく、瀬取り船乗組員らについて、その支配力を有する瀬取り船に覚せい剤を積み込めば、瀬取りの時点で既遂に達するとするものと推測される。とすると、仮に覚せい剤を陸揚げしている者が検挙され、その覚せい剤が外国から持ち込まれたものであることが発覚した場合でも、輸入の形態(輸入に用いた船舶の種類やその船籍、瀬取りの有無やその場所、関与の段階など輸入の経過や態様)が明らかにならない以上、犯人にいかなる犯罪が成立しているのかが不明となりかねないし、どのような事実を訴因として構成するべきか確定できないことにもなる。また、犯人が輸入既遂時期後に関与した旨の弁解をした場合、右のような事実関係が明らかでない事案では、立証上の困難も想起されよう。となると、輸入の形態ごとに既遂時期が異なるという検察官の見解は、必ずしも取締や処罰を容易化するものとばかりはいえない面もあり、刑事実務上の不都合も招来しかねないところもある。

したがって、現行法の解釈としては、船舶による覚せい剤取締法の輸入の場合、陸揚げ行為を輸入の実行行為とし、陸揚げ時を既遂時期と一律に捉えるほうが解釈上妥当であるし、(三)での検討も考慮すると、取締や処罰の必要性の充足の面でも特に不都合というほどのこともなく、かえって検察官の見解による場合には不都合の生じる可能性もあって、輸入の形態ごとに既遂時期を異なって解釈すべきであるとの検察官の見解には賛成できない。

3 領海説を一般に採用することの当否

輸入の形態ごとに既遂時期を考える見解が妥当でないとした場合、最高裁判決には反することになるが、濫用による保健衛生上の危害発生の危険性は領海内に覚せい剤が搬入された時点で生じるとして、船舶による輸入の既遂時期を一律に領海搬入時点とする領海説を採用すれば、結論において検察官の主張どおり、本件においても輸入既遂罪が成立することになる。確かに、覚せい剤輸入の既遂時期を決する本質的要素を、その濫用や流通・拡散等による害悪発生の危険性がいつ具体的に顕在化し、明確化するかに求めようとすることは覚せい剤取締法の趣旨からして正当であるし、これを徹底させ、領海に入った時点で危険性は発生しているとして、既遂時期を早めることが妥当との見解も成り立ち得るものである。

しかし、前述の①平成三年改正前には覚せい剤輸入罪の国外犯処罰規定が設けられていなかったことからすると、そもそも国内犯として覚せい剤輸入の未遂罪が成立することが前提となっていたと考えられること、②覚せい剤を単に領海内に持ち込むにすぎない場合と領土内に搬入する場合とでは、その濫用や流通・拡散等による害悪発生の危険性には格段の相違があるのであって、領海内に覚せい剤が搬入された段階で発生する危険性は領土内に搬入される場合の危険性の程度には及ばないのが通常で、領海内に搬入しただけで常に輸入既遂罪で処罰しなければならない必要性があるとまではいい難いこと等の難点がある上、最高裁判決の内容やこれまでの実務の取り扱い等の状況からすると、検察官自体一般に領海説をとるべきであるとの主張もしていない本件において、にわかに一般的な領海説によるのが相当とは考えられず、これを採用することはできない。

4  まとめ

以上によれば、検察官の主張する点は、いずれもこれに与することができず、最高裁判決の内容やその趣旨と異なる考え方をとってこれまでの実務の取り扱いを変更する理由にはならないというべきである。覚せい剤の濫用等による保健衛生上の危害発生の危険性は、輸入罪との関係では、陸揚げ又は取りおろしによって顕在化・具体化するとして不合理ではなく(覚せい剤を船舶から陸揚げし、又は航空機から取りおろし領土内に搬入した時点において、覚せい剤の濫用や流通・拡散等による害悪発生の危険性が具体的に顕在化・明確化し、覚せい剤輸入罪の保護法益に対する侵害の危険が現実に発生するといえよう。)、結局、覚せい剤の本邦への輸入とは、外国からきた覚せい剤を本邦領土内に陸揚げするなどして搬入することをいうと解するのが相当であり、船舶による輸入の場合、輸入の形態、輸送手段の種類、薬物に対する物理的支配の有無、輸送手段に対する支配力の有無等を問わず、一義的に本邦領土内への陸揚げによって既遂に達するとするのが明解であるとともに、妥当な解釈であると考えられる。検察官の主張する覚せい剤犯罪の取締の困難性、処罰の必要性の問題を解決するために、最高裁判決の趣旨が及ぶ範囲を狭め、整合性を欠いた不合理な解釈をする理由は認められない。

したがって、覚せい剤を陸揚げしていない本件においては、覚せい剤輸入罪は既遂に達していないことになる。

二  覚せい剤輸入未遂罪の成否と予備罪の認定

1 覚せい剤輸入罪の実行の着手時期

覚せい剤の輸入を右のとおり解した場合、実行の着手時期については、覚せい剤を船舶内から本邦領土内へ陸揚げする行為を開始したとき又はそれに密着する行為を行い陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたときに、覚せい剤輸入の予備の段階を超え、実行に着手したと解するのが相当である。

本件の公訴事実である覚せい剤を積載した船舶で領海線を突破し領海内に覚せい剤を搬入することは、覚せい剤輸入罪の実行行為である陸揚げ行為の一部とはいえないし、一般的に、領海線は本邦領土から一二海里と離れており、陸揚げまでにはなお時間的経過を要する上、犯人が途中で陸揚げの意思を放棄するなどの可能性もあるから、必ずしも領海線を突破したからといって陸揚げが必然化するとはいえない。このことからすれば、領海線突破をもって陸揚げに密着する行為とはいえないし、本邦領土内への陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたともいえないことは明らかである。

この点、本件では、関係各証拠によれば、後述のとおり、共犯者の甲山一郎(以下「甲山」という。)らが、公海上で外国船籍の船舶から受け取って○○に積載して運搬してきた覚せい剤(以下「本件覚せい剤」という。)について、陸上輸送担当者と携帯電話で連絡を取り合いながら、これを高知県土佐清水市港に陸揚げすることに決め、実際に同港岸壁に○○を接岸し、陸揚げすることを念頭において、甲山、共犯者丙谷二郎(以下「丙谷」という。)、同甲川五郎(以下「甲川」という。)が同港に上陸したことなどの事実が認められ、仮に訴因として土佐清水港での右行為が掲げられていれば、陸揚げ行為に密着した行為が行われ陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたとして、実行の着手を認めることが可能な事案である。ところが、検察官は、裁判所が右土佐清水港までの事実を予備的訴因(覚せい剤輸入未遂罪)として追加するよう繰り返し強く勧告したにもかかわらす(交換的な訴因変更を勧告したものではない。)、領海内に搬入した時点で輸入既遂罪が成立するとの自己の見解に固執し、予備的訴因の追加の勧告に従わず、あくまで領海内に搬入した時点までの事実を記載した本件公訴事実の範囲内での処罰を求める趣旨であって、その事実の範囲での処罰しか求めないと釈明した。前述のとおり、領海内に搬入した行為をもって、一般的にも陸揚げに密着する行為ということは困難である上、本件においては、領海内搬入時には、甲山らは、エンジントラブル等のため本件覚せい剤を積載したまま○○で当初の陸揚げ予定場所である三重県尾鷲港まで航行することに不安を覚え、携帯電話が通じるようになった後に、被告人らの指示を仰いだ上、陸揚げ場所を変更する意思であったのであり(甲二二三)、その意味では未だ最終的な陸揚げ場所も確定的に定まっておらず、実際に、その後も陸揚げ場所を次々と変更しながら、佐多岬沖から宮崎県沖を経由して高知県沖に向って航行したのであって、単に領海内に搬入しただけの行為が陸揚げに密着する行為とはいい得ないことは明らかである。とすると、本件覚せい剤を受領して瀬取り船に積み、同船を本邦へ向けて航行させ、わが国領海内に搬入する行為は、未だ覚せい剤輸入の予備の段階にとどまるものといわざるを得ない。

したがって、本件の証拠関係からすれば、検察官が土佐清水港までの事実に訴因を変更するか同様の予備的訴因を追加する請求をし、訴因変更又は予備的訴因の追加の手続が執られていれば、覚せい剤輸入未遂罪を認め得るとしても、検察官が裁判所の勧告を拒絶してあくまでも現訴因を維持し、現訴因で提示されている事実の範囲内でしか処罰を求めないとする以上、検察官の設定する訴因の範囲内で審判する裁判所としては、輸入未遂罪を認定することはできず、訴因として構成された事実の範囲内では、輸入予備罪しか成立しないと解される。

2 覚せい剤輸入の実行行為の定義の再検討

なお、覚せい剤輸入罪の既遂時期を陸揚げ時としても、輸入の実行行為を「覚せい剤を本邦領域外から領域内へ持ち込んで、本邦領土内へ搬入すること」と定義し、覚せい剤を領域内に持ち込んでから領土内へ搬入するまでの一連の行為全体を実行行為と見た場合には、覚せい剤を積載した船舶が領海線を突破して覚せい剤が領海内に持ち込まれた時点で輸入の実行の着手が認められるから、本件においても覚せい剤輸入未遂罪が成立することになるが、検察官においても主張していない見解であるので、簡単に触れておく。

既に述べた本邦領土への陸揚げをもって輸入が既遂に達するという見解では、覚せい剤輸入罪の成立要件は、①対象となる覚せい剤が外国から本邦に搬入されてきたものであること、②陸揚げ又は取りおろしが行われたことの二つに分けられ、「外国から本邦に搬入されてきた」という部分は、構成要件的な行為の内容ではなく、行為の対象である当該覚せい剤のいわば属性として捉えるものであった。それに対し、輸入を生の事実で捉えれば、外国からの搬出、本邦領海又は領空内への持ち込み、領土内への搬入という一連の経過を経るものであることから、「外国から本邦へ持ち込まれる」という要素を対象の属性としてではなく、行為の一部として捉えることも考えられないことではない。

しかし、この見解には次のような疑問がある。まず、既遂時期を陸揚げ時とする以上、輸入既遂罪として処罰するに値する危害発生の危険性が明確化・顕在化するのは陸揚げ時であるというのが前提となるにもかかわらず、領海内への持ち込みという未だその危険に達しない段階の行為をも実行行為に含ませる点で一貫性を欠く。本来、実行の着手が認められるのは、法益侵害の具体的危険が切迫したと評価される行為がなされたからであるにもかかわらず、既遂といい得るだけの危険の発生時期を陸揚げ時としながら、それよりも遙か前段階の行為に実行の着手を認めることには矛盾がある。危険の発生時期を陸揚げ時としここを既遂時期とする以上、実行の着手はあくまで、それと同視できる程度に危険が切迫したといえる、陸揚げに密着する行為に着手したときといわざるを得ないはずである。

また、右のような定義からすると、輸入既遂罪が成立するためには、①本邦領域外から本邦領域内に覚せい剤を持ち込むことと②本邦領土内に搬入することの二つの行為を行わなければならないことになる。例えば、領海内で覚せい剤を他の船舶に譲り渡すいわゆる瀬取りが行われた場合、本邦領土内に搬入する認識で、領海外から領海内に持ち込んだ者には輸入未遂罪が成立することになるが、これを譲り受けて実際に本邦領土内に覚せい剤を陸揚げした者は、領海外から領海内に持ち込んだ者との間で輸入の共犯関係が認められない限り、①の行為を欠くために、輸入罪は成立しないことになる。実際に陸揚げ行為という最も危険が高まる行為をした者が、輸入罪として処罰されないということになれば、不合理であろう。

結局、この見解には、右のような疑問がある上、検察官においても主張していないものであって、本件でこれを採用することはできず、本件において輸入未遂罪も成立しないという結論に変わりはない。

3 そこで、弁護人は、判示第一に関する公訴事実について、何らの罪となるべき事実を包含していないと主張するが、右にみた事実関係からすると、覚せい剤の営利目的による輸入の罪の予備に当たるのは明らかであり、検察官においても、公訴事実に記載された事実については処罰を求めていることから、右の罪の予備罪を認定するのが相当である。

第二  判示第二の事実について禁制品輸入未遂罪を認定した理由

弁護人は、判示第二の関税法違反の罪について、禁制品輸入の実行の着手がないから無罪であると主張する。関税法における輸入は、「外国から本邦に到着した貨物又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ることをいう。」と定義されており(同法二条一号)、船舶による輸入で保税地域を経由することなく直接国内に貨物を本邦に引き取る場合には、当該貨物を船舶から陸揚げして本邦領土内に搬入したときに既遂に達する(最高裁判所第二小法廷昭和三三年一〇月六日決定刑集一二巻一四号三二二一頁)。とすると、本件のように、保税地域を経由しない引き取りの場合、実行の着手時期については、覚せい剤取締法の輸入罪と同様、覚せい剤を船舶内から本邦領土内へ陸揚げする行為を開始したとき又はそれに密着する行為を行い陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたときということになる。

本件では禁制品である覚せい剤の現実の陸揚げ行為そのものには着手していないが、前掲各証拠から認められる①平成一〇年八月一四日午後七時ころ、甲山が陸上輸送担当者である西某と携帯電話で連絡を取り合い、最終的に土佐清水港に本件覚せい剤を陸揚げすることに決まったこと、②○○が土佐清水港に入港する際、甲山ら乗組員にはそこが土佐清水港であるとの確信まではなかったものの、その港に陸揚げするつもりで入港し、○○を岸壁に接岸したこと、③その頃、陸上輸送担当者の西某は土佐清水港に向って土佐清水市付近まで来ていたこと、④土佐清水港に接岸直後、甲山と共犯者で船長の乙川太郎(以下「乙川」という。)は船尾の方が暗くて陸揚げに適していると確認していたところ、⑤土佐清水港接岸後、甲山、丙谷、甲川が上陸し、直後にそこが土佐清水港であると認識したこと、⑥甲川は上陸する際、そこで○○から下船し、本件覚せい剤の陸上輸送に随伴する意思で着替えをしていたこと等の各事実からすると、上陸後に警察官が同港で警戒していることに気がつかなければ、甲山らは同港に本件覚せい剤を陸揚げしていたはずであり、右のような事実関係のもとでは、陸揚げに密着した行為がなされ陸揚げの現実的危険性が生じていたということができる。したがって、禁制品輸入罪の実行の着手が認められ、同罪の未遂罪が成立するから、弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)

一  本件は、暴力団組長である被告人が、その配下の組員や知人の暴力団関係者らと共謀の上で、公海上で外国船籍の船舶から覚せい剤約二九〇キログラムを受領して○○に積載し、本邦領海内に搬入したという覚せい剤輸入(営利目的)予備の事案、さらに輸入禁制品である右覚せい剤を保税地域を経由しないで本邦に引き取ろうと企て、これを不開港である高知県土佐清水港に運び入れ、陸揚げしようとしたが、その目的を遂げなかったという関税法違反の事案及び右覚せい剤約二九〇キログラムを高知県沖で○○に積載して所持していたという覚せい剤所持(営利目的)の事案である。

二1  本件各犯行において、被告人らが輸入しようとし、また所持していた覚せい剤の量は少なくとも約二九〇キログラムとこの種事案の中でも極めて大量である。本件覚せい剤は、その量からして、右覚せい剤を本邦領土内に陸揚げした後には暴力団組織を利用して売却し、最終的には末端使用者へ密売することが予定されていたものと推認され、これほど膨大な覚せい剤が広く社会に拡散されれば、社会に対し、計り知れない甚大な被害をもたらすとともに、多額の不法な資金が暴力団組織へ流入する事態にも至ったであろうことは明らかであって、極めて危険かつ重大な犯行である。被告人らが企図した輸入の態様も、運搬用に購入した漁船で予め日時・場所を定めておいた公海上の地点に赴いて、覚せい剤を積載して現われる外国船籍の船と接舷し、同所でその引渡しを受け、本邦へ搬入するという大がかりなもので、事前に海外の薬物仕入先関係者と打ち合わせ、共犯者の一人が荷出国に渡って覚せい剤の梱包・荷出し作業を行い、漁船操縦役の船長や乗組員を手配し、陸揚げ後の運搬担当者を用意しているなど関係者間でそれぞれの役割分担が定められた国際的な組織的犯行である。しかも、相手の外国船は日本船を装うために船名を偽装するなどしていたり、取締機関に発覚しにくい公海上での受け渡しを確実に行うためにお互いの目印や合図を定めておいたりと周到かつ綿密に計画された巧妙なものである。本件の大量の覚せい剤は、最終的には、わが国領土内への陸揚げには至らなかったものの、右のような経過をたどった結果として、高知県沖の領海内で船舶に積載して所持されていたものである。近年、わが国において、覚せい剤等の規制薬物がこれを使用する個人はもとより社会全体に危害を及ぼすものとして、その流布・拡散が深刻な社会問題となり、社会全体として、その流布・拡散を防止し、覚せい剤の撲滅に取り組んでいる状態からすると、本件は、わが国社会全体に対する誠に悪質かつ重大な犯罪であるといわなければならない。

2  次に、被告人の個別の情状について検討すると、被告人の果たした役割については争いがあるものの、関係各証拠によれば、①被告人が共犯者の戊山四郎(以下「戊山」という。)に対して、漁船を探すよう依頼し、戊山からさらに依頼を受けた甲山は、平成九年九月ころ、和歌山県東牟婁郡古座町在住のEを訪れ、同人所有の××丸の購入を申し込み、同月一九日には、甲山の案内で、被告人、戊山らが右××丸の下見をしたこと、②被告人は、甲山に対し、直接又は戊山を通じて、数回にわたって、海外渡航を指示し、規制薬物の輸入に関する打合せを行わせるなどしたこと、③被告人及びその兄弟分である乙谷六郎(以下「乙谷」という。)は平成一〇年七月二三日から、同日程で香港、マカオを訪れているが、被告人は同月二五日に帰国したものの、乙谷はその後引き続いてマカオ、北京経由で朝鮮民主主義人民共和国に渡り、同年八月三日平壌からマカオに戻り、翌四日に帰国していること(甲二〇七ないし二一三)、④被告人は、甲山に対し、たびたび○○の代金、船長への報酬などの名目で一〇〇万円単位の金銭を直接若しくは戊山を通じて渡し、あるいは銀行振込の方法で送金していたこと、⑤平成一〇年五月ころ、被告人は甲山に対し、配下の組員である甲川を船に乗る責任者として紹介し、実際にも甲川は○○に乗船したこと、⑥平成一〇年七月一四日、被告人は戊山を通じて甲山を上京させ、埼玉県草加市中央〈番地略〉所在の喫茶店「ブレイクタイム」において、同人らと会い、海図を広げて、相手船との合流場所の候補地点を決めるとともに、相手船の目印やトランシーバーでの合図等を教示し、その後右喫茶店外の路上で、甲山にトランシーバーを手渡したこと、⑦同月末ころ、被告人は甲山に対し、先に決めていた合流場所の候補地のうち北緯三一度、東経一二七度の地点へ同年八月四日に到着するよう電話で指示したこと、⑧○○は、右地点で相手船と合流できないまま引き返し、同月七日、鹿児島県枕崎港に入港したが、同月一〇日、被告人と乙谷は枕崎市へ赴き、宿泊先のホテルに甲山を呼び出した上、被告人が携帯電話で外国の相手方と連絡を取って、新たな合流場所を北緯三〇度、東経一二五度三〇分の地点と定めたこと、そしてその際乙谷が本件輸入予備等にかかる覚せい剤は自分が北朝鮮に渡り、梱包してきた旨述べたこと、また甲山が○○に乗船していた丙野七郎を下船させて欲しい旨述べ、それを被告人が了解したこと、⑨同日午後一〇時四〇分ころ、甲山は被告人にこれから枕崎港を出港する旨の電話連絡をしたこと、⑩同月一四日、甲山から覚せい剤の陸揚げ場所の変更を要望する連絡を受けた戊山は、被告人に連絡を取ろうとしたが、被告人がその頃香港に滞在していて、携帯電話が通じなかったことから、被告人と連絡を取りたい旨丁山八郎に依頼したところ、被告人から戊山に対し、電話があり、戊山が甲山の要望を伝えると、被告人は了解し、自分が連絡を取る旨話したこと、そして、その後まもなく甲山らに対し、陸上輸送担当者から連絡が入ったこと、⑪同日午後一一時ころ、甲山から海上保安庁の巡視船に追尾されている旨の連絡を受けた戊山は、⑩同様の方法で被告人にその旨伝えたところ、被告人は、荷物を捨てるのではなく、重しをつけて海に沈めるよう指示したこと、⑫同月一七日に被告人が香港から帰国した後、被告人、乙谷、甲川、戊山らが草加市内で本件覚せい剤の回収について話し合い、その後戊山及び丙谷が高知県へ回収に出向いたが、その際被告人は戊山に対し回収作業の手配は被告人が行う旨述べたことなどの各事実が認められる。

これに対して、被告人は、各前の出せない人の依頼で船の準備等に一部関与したことは認めるものの、本件犯行の計画立案、甲山への相手船と落ち合う具体的な場所や時刻の指示、○○の乗組員の決定、相手船側との連絡、本件覚せい剤投棄の指示などを行った覚えはなく、本件各犯行の全体について関わったわけではないと供述している。しかしながら、右①ないし⑫の被告人の関与の事実を述べる甲山、丙谷、乙川、戊山らの供述は、相互に内容が符合しているばかりでなく、他の第三者の供述や携帯電話の通話記録、被告人らの渡航記録等の客観的証拠にも合致している上、いずれも詳細で概ね一貫しているなど、信用性が高い。また、関係証拠上、甲山らが被告人以外の第三者から具体的に指示を受けて本件各犯行を遂行したとの事情は窺われず、被告人以外の第三者を庇うために被告人の名前を出しているとは考えられないし、甲山らが、被告人を殊更罪に陥れるために右供述をする理由も見受けられない。これに対し、被告人の弁解は、客観的事実に反していたり、多数回に渡る海外渡航は単なる観光等個人的な旅行であるなどと不合理な供述を繰り返していたりと、到底信用できないし、公判段階の途中から、捜査段階での全面否認を撤回し、自己の関与を一部認めるに至ったとはいえ、それも名前のいえない人から船の準備を依頼されたという程度の具体性に欠ける内容であり、被告人に依頼したという当該人物が、本件にどのように関与しているのかも明らかにしていない。以上からすれば、少なくとも本件覚せい剤を外国船から受領し、本邦へ輸入するまでの計画については、被告人が主導的に立案・準備していたのであって、具体的には漁船の購入、薬物の仕入先との交渉、外国船側との覚せい剤の受け渡し日時・場所の決定、戊山、甲山、甲川らの共犯者に対する具体的指示、本邦覚せい剤の所持等の一連の行為を被告人が取り仕切って行ったということができる。とすると、本件で被告人の果たした役割は極めて重要であり、被告人を本件各犯行の中心的人物と評価することができる。

また、本件覚せい剤の輸入が実現すれば、被告人は相当な額の利益を取得することが予定されていた事情も窺われ、多額の借財の返済や自己が結成した丁野組の組織の維持のために金銭を必要としていた状況からすると、被告人は金銭目的で本件各犯行を敢行したものと認められ、その動機に酌量の余地はない。さらに、被告人は、本件各犯行について、一応自己の関与を認めてはいるものの、なお不合理な弁解も続けているなど反省の情は必ずしも十分とはいえないし、銃砲刀剣類所持等取締法違反等の累犯前科を含め、覚せい剤取締法違反等の多数の前科前歴を有していて、特に、平成九年四月に右累犯前科の刑の仮出獄によって出所した後まもなくから多数回海外に渡航するなどして薬物の輸入を計画していた事情も窺われることからすると、薬物犯罪や銃器犯罪等暴力団特有の犯罪に対する親和性も顕著で、規範意識は相当に鈍磨しているものと考えられる。そして、これまで長年暴力団員として活動してきて、丁野組組長の立場にあり、組織からの離脱の意思も表明していない。

3  これらの事情からすると、被告人の刑事責任は極めて重大である。

三  しかし、一方で、海上保安庁ら取締機関の監視体制が功を奏して、本件覚せい剤が陸揚げされることなく、海中投棄され、その後、海岸に漂着したり海上を漂流していた一部については捜査機関によって押収され、残りについても未検挙の犯人らによって回収されたとの事実は証拠上窺われないことからすれば、これらの覚せい剤が現実にわが国社会に拡散するという最悪の事態は避けられたこと、本件各犯行によって、未だ被告人自身が現実に利益を得る段階にまでは至っていないこと、被告人には妻子がいることなど被告人にとって酌むべき事情も認められる。

四  そこで、本件で認定した犯罪事実が、判示の三つの事実であり、覚せい剤輸入の点については予備の段階、禁制品輸入の点については未遂の段階にとどまっていることを前提として、右にみた諸事情を総合し、特に本件が重大悪質な事案で、主導的な役割を被告人が果たしたことを考慮した上、被告人に対しては、主文に掲げた刑を科すのが相当と判断し、主文のとおり量刑した。

(求刑 無期懲役及び罰金一〇〇〇万円、覚せい剤及び小型船舶一隻の没収、追徴一五億一四九五万一九〇五円)

(裁判長裁判官・安井久治、裁判官・松藤和博、裁判官・荒井千珠)

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